2025.05.30

【プレスリリース】親による子の保護行動が卵の形を変化させる

鳴門教育大学大学院・学校教育研究科の工藤慎一准教授,総合研究大学院大学・統合進化科学研究センターの原野智広特別研究員と沓掛展之教授,北海道大学大学院・農学研究院の蔡經甫研究員(当時)と吉澤和徳教授の研究チームは,昆虫綱半翅目ツノカメムシ科の多数の種を比較した研究によって「卵塊を体で覆う姿勢で外敵から防衛するメス親の行動により、卵塊をコンパクトにする細長い形の卵が進化した」ことを明らかにしました。

これは「産卵後の親の保護行動が卵の形の進化に影響する」ことを示す無脊椎動物では初めての研究成果です。

本研究成果は、2025(令和7)年5月27日に進化学の国際誌 「Biological journal of the Linnean Society」 のオンライン版で発表されました。

論文

Parental guarding behaviour affects the evolution of egg shapes

著者

Shin-ichi Kudo, Tomohiro Harano, Jing-Fu Tsai, Kazunori Yoshizawa, Nobuyuki Kutsukake

工藤 慎一(鳴門教育大学:責任著者)・原野 智広(愛知学院大学・総合研究大学院大学)・蔡 經甫(國立科學博物館(台湾)・北海道大学)・吉澤 和徳(北海道大学)・沓掛 展之(総合研究大学院大学)

発表のポイント

  • ツノカメムシ科の一部の種では,メス親が葉上に産み付けた卵塊を体で覆う姿勢で保護しアリ類などの敵から防衛する。この保護姿勢では,メス親の体下からはみ出る卵塊周縁部の卵の捕食リスクが高まるため,卵塊面積が小さくなる方向に選択が働くと考えられる。その結果,「卵が細長くなる」進化が促されると予測される。
  • この仮説を,ツノカメムシ科の系統樹を利用し多数の種を比較することで検証した。
  • メス親が保護を行う種では,保護を行わない種に比べて卵が細長くなる傾向があった。
  • さらに,系統樹上でメス親の保護と卵の形の進化史を推定したところ,メス親の保護が進化した後に卵が細長くなる進化が促される傾向が認められた。
  • これらの結果は,親の保護行動の進化が卵の形の進化に影響したことを示すものである。

研究の詳細

 

【研究の背景】

 ニワトリの卵を思い浮かべてください。なぜ,あのような大きさ,色や形をしているのでしょう?

 卵の性質は子の生存や発育に大きく影響します。しかし,卵のサイズ,形や色・模様を直接決めるのはメス親です。つまり,卵の性質(=表現型)は親子両者の性質であり,その進化には親子両者に働く自然選択が関与していると考えられます。

 卵の表現型のうち,卵サイズは生態学や進化生物学の伝統的な研究課題です。卵の色や模様に関しても,「捕食者に対する隠蔽効果」や,(カッコウの仲間で有名な)托卵に伴う「托卵者の卵を見分けて巣から排除しようとする托卵される側(宿主)の識別能力と,識別・排除を回避しようとする托卵者の間の進化的な競争」などの観点でさかんに研究が行われてきました。一方,これらの性質に比べて「卵の形の進化」に関する理解は遅れていました。

 しかし近年,この状況は変わりつつあります。この10年ほどの間に,卵の形の研究の主戦場である鳥類だけでなく爬虫類や魚類,あるいは昆虫類などの無脊椎動物でも研究が進んできました。その結果,「産卵場所の環境や産卵行動の違いに起因する自然選択が卵の形の多様化を促した」ことを示す研究成果が報告されています。一方,「物理的(幾何学的)な制約により,卵の大きさの変化に伴い形も影響を受ける」という説も支持されています。例えば利用できる卵殻材料が限られる場合,卵が大きくなるとその形は体積・表面積比を最小にする真球に近づくかもしれません。一方,産卵管や産卵口のサイズが制約となる場合,大きな卵は逆に細長くなる可能性があります。

 さて,対象生物が広がっているとは言え,卵の形の研究対象は依然として鳥類が中心です。この鳥類では,「抱卵の間に受ける自然選択が卵の形に影響する(=卵の生存や発育に有利な形となる)」と繰り返し指摘されてきました。例えば古典的な仮説のひとつに,「一方の極がとがっている卵の形は,卵が巣外に転がり出ることを防ぐ」というものがあります。近年は,「抱卵時の熱伝導効率が高まる卵の形となる」という仮説が有力視されています。

 しかし,このような産卵後の親の保護行動が卵の形に与える影響に関して,鳥類以外の動物,特に無脊椎動物で研究された例はこれまで皆無でした。

 我々研究チームは半翅目昆虫のツノカメムシ科を用いて,卵の形とメス親の保護行動の進化的な関係を調べました。ツノカメムシのメス親は寄主植物の葉裏に卵塊を産み付けます。興味深いことに,一部の種ではメス親が体で覆う姿勢で卵塊や孵化した幼虫を捕食者から防衛し(図1),この行動は「ツノカメムシの複数の異なるグループで独自に進化した」ことが明らかにされています(Kudo et al. 2024;詳しくは過去のプレスリリース「生活史進化の定説を覆す:ツノカメムシ科のメス親による子の保護は「小さな卵を一度に数多く産む」条件下で進化した https://www.naruto-u.ac.jp/docs/2024051400013/ 」をご覧ください)。

 このようにメス親が卵塊を体で覆う姿勢で防衛する場合,体下からはみ出る卵塊周辺部に位置する卵は防衛が手薄になり捕食リスクが高まります(過去の研究で,これら卵塊周辺部に位置する捕食リスクの高い卵は中央部の卵に比べてわずかに小型になるということも明らかになっています:Kudo 2001)。自然選択は卵塊全体をメス親の体下に収める方向,つまり卵塊の面積を小さくする方向に働くでしょう(図1)。卵サイズと卵数にも自然選択が働いているでしょうから,これらを維持したまま卵塊面積を小さくするには,卵の短径を小さくする,つまり「細長い卵」を作ることが有利になるはずです(図1)。この仮説が正しいとすると,「メス親が保護する種では,保護しない種に比べて卵が細長い」,そして「保護行動の進化の後に,卵が細長くなる進化が生じた」と予測されます。

 研究チームは系統関係の影響(共通の祖先が近い種ほど形質も類似する傾向など)を調整しながら種間の比較分析によってこれらの仮説を検証しました。

【研究の成果】

 卵の形は,卵のアスペクト比(長径/短径)を用いて表現しました。保護を行う種の卵は全体的に保護を行わない種の卵に比べてアスペクト比が高い,つまり細長い傾向にあることが分かりました(データ点が上に位置するほど卵は細長い:図2)。ただし,卵サイズの変化に伴うアスペクト比の変化の仕方は,保護の有無で異なりました。つまり,保護種でも大型卵を産む種では,同程度のサイズの卵を産む保護を行わない種と比べて,卵の形に大きな違いはありませんでした。

 次に,ツノカメムシ科で推定された系統樹を用いて,保護行動が起こった時期と卵の形の変化が起こった時期の位置関係を検討してみました。卵の形は,データ全体を用いた短径に対する長径の進化的な回帰関係からの残差(短径から予測される長径値を実際の長径値から引いた値)を用いて表現しました。この値が大きくなるほど,「(サイズから予測される形よりも)より細長い」と解釈できます。最尤推定を用いて卵の形を系統樹上で復元し(色分けして表示),これを過去の研究(Kudo et al. 2024)で推定された保護行動の進化時期と重ねたのが図3です。ツノカメムシ科では保護行動が繰り返し独立に進化していますが,保護行動の進化が起こった時点で卵の形はいずれも「やや細長い」と推定されました。そして保護行動が進化した後,(遠い祖先で保護行動が進化したSastragala属とElasmucha属の系統では)「卵がより細長くなる」傾向が見て取れます。これは,「無保護から保護行動が進化した後,卵がより細長くなる進化が生じた」ことを示唆しています。

 本研究の結果は,ツノカメムシ科において「卵塊を体で覆う姿勢を用いたメス親による防衛行動が,卵塊周辺部の捕食リスクを抑えるコンパクトな(面積の小さい)卵塊を有利にし,その結果,より細長い卵の形の進化が促された」ことを示しています。

【研究の意義と今後の展望】

 本研究では,「親の防衛行動由来の選択圧による卵の形の進化」がツノカメムシ科で生じたことが示されました。この結果は,「産卵後の親の保護と卵の形の進化」の関連性を鳥類以外で初めて示したものです。親が葉等の基質上に卵塊を産み付け,これを体で覆う姿勢で行う防衛は,ツノカメムシ科以外の半翅目昆虫,そして他の昆虫分類群にも数多く報告されています。さらに,親による卵の防衛自体は昆虫以外の無脊椎動物,あるいは鳥類以外の卵生脊椎動物にも広く存在します。これらの動物でも,親の行動に応じた卵の形の進化が生じていても不思議ではありません。親の保護と関連した卵の表現型としては,これまで卵サイズばかりが注目されてきました。しかし,本研究は卵の形も親の保護と関連して進化することを強調しています。今後は,「産卵後の親の保護行動に応じた卵の形の進化が,どの程度広範な分類群で生じているのか」,その一般性を検証することが必要です。

関連論文

Kudo, S. 2001. Intraclutch egg-size variation in acanthosomatid bugs: adaptive allocation of maternal investment? Oikos, 92: 208-214.

https://doi.org/10.1034/j.1600-0706.2001.920202.x

Kudo, S., T. Harano, J.-F. Tsai, K. Yoshizawa & N. Kutsukake 2024. Maternal care under large clutches with small eggs: The evolution of life history traits in shield bugs. The American Naturalist, 204: 30-42.

https://doi.org/10.1086/730145

【発表雑誌】

  • 雑誌名: Biological Journal of the Linnean Society
  • DOI: 10.1093/biolinnean/blaf019
  • 掲載日: 2025年5月27日
  • 論文タイトル: Parental guarding behaviour affects the evolution of egg shapes
  • 著者: Shin-ichi Kudo, Tomohiro Harano, Jing-Fu Tsai, Kazunori Yoshizawa, Nobuyuki Kutsukake

    【研究チーム】

  • 工藤 慎一(鳴門教育大学大学院学校教育研究科:責任著者)
  • 原野 智広(愛知学院大学・総合研究大学院大学統合進化科学研究センター)
  • 蔡 經甫(國立科學博物館 台湾・北海道大学大学院農学研究院)
  • 吉澤 和徳(北海道大学大学院農学研究院)
  • 沓掛 展之(総合研究大学院大学統合進化科学研究センター)

【研究助成】

科学研究費助成事業:JSPS KAKENHI: JP16K07518, JP21K06335
藤原ナチュラルヒストリー財団2020年度助成金
National Science Council, Taiwan: MOST 108-2313-B-178-001-MY3

 

図1

 

図1 親が卵塊を覆う姿勢で防衛する場合に卵の形に対して働く選択圧
卵塊周緑部の卵(オレンジ)は、中央部の卵(黄)に比べて防衛が手薄になり捕食リスクが高くなる。(最適な卵サイズと卵数を維持し)メスの体下に卵塊が収まる方向、つまり卵塊面積を小さくする選択が働き、その結果、卵はより細長くなると予想される。

 

図2

図2 ツノカメムシ科におけるメス親による子の保護と卵形の関係
●:保護を行う種 〇:保護を行わない種。

 

図3

図3 ツノカメムシ科におけるメス親による子の保護と卵形変化の進化史
☆印はKudo et al.(2024)で推定された保護の起源を示す。卵の形は青い色程細長く、赤い色程丸いことを示す。

 

発信元 問合せ先

国立大学法人鳴門教育大学

経営企画戦略課

広報・デジタル推進室

TEL:088-687-6243

大学院学校教育研究科 人間教育専攻 グローバル教育コース

准教授 工藤 慎一

E-mail: skudo@naruto-u.ac.jp

国立大学法人 総合研究大学院大学

総合企画課 広報社会連携係

TEL:046-858-1629

統合進化科学研究センター

教授 沓掛 展之

E-mail: kutsu@soken.ac.jp

国立大学法人北海道大学

社会共創部広報課

TEL:011-706-2610

大学院農学研究院 昆虫体系学研究室

教授 吉澤 和徳

E-mail: psocid@agr.hokudai.ac.jp

関連リンク

PAGE TOP