2026.01.21

【プレスリリース】馬の群れは混ざらない

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概要

  • ポルトガルの野生化ウマは、ナワバリを持たない群れが複数集まった巨大な集団で生活する。彼らは「捕食者から守るために他の群れと集まる」と「ライバルとなる他の群れとは距離を取る」という矛盾した課題を抱えていると考えられており、そのときの空間調整メカニズムはこれまで不明だった。
  • ドローンで25群を観察した結果、(特殊な1ペアを除き)ウマの群れ同士は決して混ざらず、ランダム化解析からも「他群と近寄りすぎず、離れすぎない距離を保つ」こと、さらに他群が近いときには群れが円形に密集し、接触しそうになると細長く伸びて境界が重ならないようにするなど、距離に応じて群れの形を変えて動的に空間調整していることが示された。
  • 例外的に、たった一つのペア(コウベ群とウズマサ群)が群れの境界線を超えて混ざることがわかった。こうしたペアは2016年から2022年の観察の中で一つしか見つかっておらず、特殊な関係性を築いていることが考えられる。

研究の背景

 競合する個体や群れ同士が遭遇すると、しばしば喧嘩が起こり、怪我をしたり、最悪死に至る場合もあります。そのため、多くの動物は直接的な闘争を最小限に抑える戦略をとることが知られています。例えば、「ナワバリ」が典型的な例で、他の個体や群れとの行動域を分けることで、接触を避ける機能があると考えられています。しかし、「ナワバリ」を持たない種において、異なる群れと空間的に同所になったときの応答について、特に群れの空間構造(例えば、個体の配置や群れの形状)がどのように変化するかはよくわかっていませんでした。

 本研究では、ポルトガルに生息する野生化ウマに注目をしました。彼らは明確なナワバリを持たず、オス、メス、子ウマから成る家族群(ユニット)が複数集まって暮らす「重層社会」(1)を形成しています。これには、多くの群れが近くに集まることで、オオカミなどの捕食者から身を守ったり、群れを持たない独身オスからの脅威を減らしたりするメリットがあると考えられています。しかし、異なるユニットのオス同士は、メスを巡るライバル関係にもあります。つまり、ウマたちは「敵から身を守るために集まる」が、「ライバルとは距離を置いて争いを避ける」という、矛盾する課題を抱えていることになります。ナワバリのような固定された境界を持たない彼らが、移動し変化する状況の中で、どのようにして他のユニットとの適切な距離を保っているのか、その具体的なメカニズムはこれまで謎に包まれていました。

研究の成果

 本研究チームはドローンを用いて25のユニットを観察し、ユニット間の距離や形状の変化を統計的に解析しました。全166回の観察データを解析した結果、一つの特殊なペアを除いて、ユニット同士は一度も混じり合うことはありませんでした。 さらに、この行動が偶然なのか意図的なのかを検証するため、ランダム化解析を行いました。「ユニット同士がお互いの存在を気にせずランダムに動いている」と仮定したデータと、実際の観察データを比較したところ、実際のウマは統計的に有意に「他のユニットの近くにいること」を避け、接近したとしても「敢えて混ざらないように動いている」ことが示されました。

 さらに、ウマの群れの形状を調べてみると、ユニット間の距離に基づいて、ユニットの形状が変化していました。他のユニットが近くに存在するときは、ユニットがより「円形」に近づき、メンバー同士が密集します。さらに距離が縮まり、群れ同士が接触しそうになると、今度はユニットの形が「細長く」なりました。互いの群れの境界が重ならないよう、避けあっていることが考えられます。

 このように、基本的にウマのユニットは互いに混ざり合うことを避けますが、「コウベ」というオスが率いるユニットと、「ウズマサ」というオスが率いるユニットのペアだけは、例外的な行動を示しました。この2つの群れは、他のペアよりも圧倒的に高い頻度で接近し、59回の観察中21回も境界線を超えてメンバー同士が混ざり合う様子が観察されました。これは一時的なものではなく、2016年も同様の行動が観察されています。こうした特殊な関係性は、この生息地ではこの1ペアのみでしか観察されておらず、また、他の生息地でも同様の報告はありません。何らかの理由でこの2つのユニットの間にのみ、特別な社会的寛容性が存在していると考えられます。

今後の展開

 本研究は、テリトリーを持たない動物が、ナワバリのような固定された境界線の代わりに「動的な空間調整」によって群れの秩序を保っていることを示しました。ウマのユニットはお互いに近づきすぎず、離れすぎない距離を保つことで、群れるメリットとデメリットのバランスをとっていると考えられます。

 また、「コウベ・ウズマサ」ペアのような、特定の群れ同士に見られる親和的な関係については、なぜこのペアだけが特別だったのか、血縁関係や長期的な社会的絆を含め、今後さらなる解明が期待されます。

図1

図1. ドローンから見たウマの群れたち。「コウベ群・ウズマサ群」ペア(右)とそれ以外の群れのペア(左)。丸は一歳以上のウマ、異なる色は異なる群れ(ユニット)に所属していることを示す。通常、群れ同士は混ざり合わず、空間的に別れる。一方、コウベ・ウズマサはお互いに混ざり合って共存できる。
(クレジット:山本真也、作成協力:越智咲穂)

図2

図2. 研究対象の野生化ウマ。ポルトガルのアルガ山に生息している。(撮影:前田玉青)

用語解説

(1)重層社会
小規模で安定な群れ(ユニット)が複数集まってさらに大きな社会集団となるような社会。ヒトの社会も家族をユニットとする重層社会である。ウマの場合はオス1−2頭、メス複数頭の形。

論文情報

  • 論文タイトル: Spatial Strategies in Non-Territorial Societies: How Feral Horses Maintain Boundaries with Other Groups
  • 掲載誌: Proceedings of the Royal Society B
  • 掲載日: 2026年1月21日
  • 著者: Maeda T, Inoue S, Ringhofer M, Hirata S, Yamamoto S
  • DOI: https://doi.org/10.1098/rspb.2025.2468

謝辞

 本プロジェクトへの支援に対し、ヴィアナ・ド・カステロ市(Viana do Castelo)に深く感謝の意を表します。また、研究期間を通じて現地での調整など多大なる支援をいただいたRenata Mendonça博士とPandora Pinto博士に感謝いたします。滞在中にご協力いただいたモンタリア(Montaria)の住民の皆様、ならびに現地調査におけるデータ収集に貢献してくれた越智咲穂氏およびボランティアの方々に心より感謝申し上げます。本研究は、日本学術振興会 (JSPS) の科学研究費助成事業 [課題番号:24H01432, 23KJ0994, 22KJ1510, 21J00994, 19H00629, 24H02200]、および科学技術振興機構 (JST) [課題番号:JPMJFR221] の助成を受けました。

問合せ先

    研究内容に関すること

  • 前田 玉青(総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・特別研究員)
    電子メール:maeda_tamao(at)soken.ac.jp

    報道担当

  • 国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話:046-858-1629
    FAX:046-858-1648
    電子メール:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp
  • 国立大学法人 京都大学
    広報室国際広報班
    電話:075-753-5729
    FAX:075-753-2094
    電子メール:comms(at)mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

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