2026.07.28
【プレスリリース】高精度な縄文人・弥生人ゲノムが明らかにする祖先集団の歴史と食への適応進化
金沢大学医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センターの石谷孔司助教は、東邦大学の水野文月准教授、総合研究大学院大学の五條堀淳講師、王瀝客員教授(当時)、農業・食品産業技術総合研究機構の熊谷真彦主任研究員、國學院大学の谷口康浩准教授、土井ヶ浜遺跡・人類学ミュージアムの松下孝幸館長らと共同で、従来の水準を大きく上回る高精度な縄文人・弥生人ゲノムの構築に成功しました。
日本国内、特に本州の遺跡から出土する古人骨では、酸性土壌や温暖湿潤な気候の影響によりDNAが分解されやすく、欠損の少ないゲノムを得ることは困難でした。本研究では、縄文人と弥生人から高精度かつ欠損の少ないゲノム配列を取得したことで、ユーラシア大陸の古代集団との遺伝的関係、祖先集団サイズの変化、でんぷん消化に関わる遺伝的特徴など、従来のデータでは分かっていなかった複数の知見を得ました。
本研究成果は、古代の人々の移動、文化や生活様式の変化、環境変動が、現代人の遺伝的特徴の形成にどのような影響を与えたのかを理解するための重要な手がかりとなります。
本研究成果は、2026年7月23日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。
【研究の背景】
日本列島では、縄文時代には狩猟・採集・漁労を基盤とする生活が営まれていましたが、弥生時代には水田稲作をはじめとする大陸由来の農耕文化が広まり、遺伝的・文化的背景の異なる人々が日本列島へ移動してきたと考えられています。こうした中で縄文人と渡来系集団の間で生じた人的交流や生業の変化を遺伝的に捉えることは、現代日本人の形成史だけでなく、現代日本人に見られるさまざまな形質や疾患リスク等に関連する祖先からの影響を明らかにするうえでも重要です。
過去の人々の遺伝的特徴を直接調べる手法として、古人骨に残るDNAを解析する「古代人ゲノム研究」があります。しかし、日本を含むアジア地域では、温暖湿潤な気候や酸性土壌の影響によりDNAが分解されやすく、高精度な全ゲノム配列を得ることは困難とされてきました。過去に報告された古代人ゲノムの中には被覆度(カバレッジ、※1)が1倍に満たないものも多く、この場合、祖先集団の人口動態や詳細な遺伝子型、さらには遺伝子コピー数などを解析するには限界がありました。
【研究成果の概要】
<高精度な縄文人・弥生人ゲノムの構築>
本研究では、居家以岩陰遺跡(群馬県長野原町)から出土した縄文時代早期の女性個体IY1(約8,300~8,200年前)と、土井ヶ浜遺跡(山口県下関市)から出土した弥生時代中期の男性個体DO(約2,306~2,238年前)を対象にゲノム構築を試みました。その結果、IY1では約67倍、DOでは約46倍という高いカバレッジの全ゲノム配列を構築することに成功しました(図1)。古代DNAとしての真正性が確認されるとともに、外来DNAの混入率も低く、世界的にみても極めて高い品質水準にある古代人ゲノムであることが確認されました。
<縄文人の系統的位置と渡来系集団のルーツ>
主成分分析(※2)や祖先成分のクラスタリング解析(※3)の結果、IY1は既報の縄文人と近い位置を示し、他の東アジア集団では少ない縄文人に特徴的な祖先成分を持っていました(図2、図3)。また、縄文人は東アジア集団の中でも早い時期に分岐した系統であり、現代日本人に至る系統に対して遺伝的な寄与があることも確認できました(図4)。一方、弥生人であるDOは縄文人よりも現代日本人を含む東アジア集団に近い位置を示し、北東アジアで多くみられる祖先成分を持っていました。集団混合のモデリング(※4)では、中国山東省、内モンゴル、アムール川流域における新石器時代の集団を祖先源とした複数のモデルが支持されました。これらは、新石器時代以降の複数の大陸系集団、またはこれらの地域に広く影響を及ぼした集団が渡来系集団の形成に関与していた可能性を示唆しています。
<最終氷期前後の人口動態>
祖先集団の規模(有効集団サイズ、※5)を推定した結果、縄文人と弥生人の祖先集団は、いずれも最終氷期最盛期に集団サイズを減少させていました(図5)。その後、縄文人の祖先集団では顕著な人口増加がみられず、比較的安定した規模が維持されたのに対し、弥生人の祖先集団では段階的な人口増加が認められました。この人口増加は、日本列島への渡来以前に、ユーラシア大陸側で生じた可能性があります。
<でんぷん食適応に関連する遺伝的特徴>
哺乳類の中でも、特にヒトでは、唾液アミラーゼ遺伝子AMY1のコピー数が増加しており、摂取した植物(穀類や堅果類等)に含まれるでんぷんの消化能力の向上に寄与したと考えられています。本研究では、高いカバレッジのゲノムを得たことで、縄文人IY1と弥生人DOのコピー数をそれぞれ推定することができました(図6)。
弥生人DOにみられたAMY1コピー数の増加は、水田稲作をはじめとする、でんぷんを多く含む植物資源の利用に関係していた可能性があります。一方、稲作が広く普及する以前の縄文人IY1にも比較的高いコピー数が認められたことから、植物資源の利用に関係する遺伝的多様性が、農耕の本格的な伝播以前から日本列島に存在していた可能性が示されました。特に、IY1が出土した居家以岩陰遺跡からは、オニグルミ、クリ、ドングリなどの植物遺存体が多く出土しており、縄文時代における植物資源の利用を考えるうえでも興味深い結果です。
本研究成果は、「AMY1コピー数の増加が農耕の拡大に伴って進んだ」とする従来の仮説に対し、その変化の時期や過程には地域差があった可能性を新たに提示しています。先史時代の人々の食性は、地域や時代によって異なっていたと考えられるため、今後は遺跡から出土した動植物の遺存体や周辺環境の情報を組み合わせて検証することが重要です。
【今後の展開】
本研究で構築した高精度な古代人ゲノムは、集団のルーツや系統関係に加え、祖先集団の人口動態、遺伝子コピー数を含む構造多型、多型性に富んだ遺伝子領域など、従来のデータでは評価が難しかった遺伝的特徴を明らかにするための重要な研究基盤となります。今後、地域や時代の異なる高精度な古代人ゲノムを蓄積するとともに、植物・動物遺存体、安定同位体による食性分析、当時の気候や環境に関する情報を統合することで、人口移動や文化、生活様式の変化とヒトの遺伝的特徴との関係を、より詳しく理解できると期待されます。
本研究は、JSPS地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)JPJS00420230006、JSPS科学研究費助成事業(JP15H05966, JP18H05511, JP20H05820, JP20H05822, JP21H00350, JP21H04363, JP21H04983, JP25H00487, JP26K02108)、大学×国研×企業連携によるトップランナー育成プログラム TRiSTARなどの支援を受けて実施されました。
※ 図はすべて、CC-BY4.0ライセンスの下で公開された原著論文(Ishiya et al., 2026, PNAS)を基に、一部和訳等の改変を行ったものです。
図1. 遺跡の位置と古代人ゲノムの被覆度
左図は日本列島における古代人ゲノムの分析試料(研究開始当時)における遺跡位置と被覆度を示している。色付きのブロックは本研究での対象試料、灰色のブロックは主な既報試料。カラーバーは年平均気温(統計期間1991~2020年、気象庁提供)。右図は世界各地の古代人ゲノム(研究開始当時)における一塩基多型の被覆度と遺跡位置における緯度(絶対値)を示している。(Ishiya et al., 2026, PNAS. CC-BY4.0に基づき一部改変)
図2. 東ユーラシアの古代人・現代人の遺伝的関係(主成分分析)
遺伝的な違いや類似度を2つの主成分軸によって二次元空間上に示している。左図枠線の拡大を右図に示している。本研究の分析個体は矢印でその位置関係を示している。(Ishiya et al., 2026, PNAS. CC-BY4.0に基づき一部改変)
図3. 縄文人と弥生人に見られた祖先成分の地理的分布
左の積み上げ棒グラフは、縄文人と弥生人に見られた祖先成分の割合。右の散布図は各祖先成分における地理的分布を示している。(Ishiya et al., 2026, PNAS. CC-BY4.0に基づき一部改変)
図4. 周辺地域における集団系統樹
集団間の遺伝子流動(※6)を考慮した集団系統樹。黄色の矢印は、推定された集団間の遺伝子流動の方向を示し、矢印の太さはその相対的な大きさを表す。各枝の長さは、集団が分岐した後に蓄積した遺伝的浮動(※7)の大きさを示している。(Ishiya et al., 2026, PNAS. CC-BY4.0に基づき一部改変)
図5. 祖先集団における集団サイズの変化
祖先集団においては、寒冷化が進んだ最終氷期周辺で共通して集団サイズの減少が生じている。その後については、縄文人と弥生人で異なる推移を示した。(Ishiya et al., 2026, PNAS. CC-BY4.0に基づき一部改変)
図6. 唾液アミラーゼ遺伝子AMY1のコピー数の比較
今回の分析試料に対して、東ユーラシア地域の高でんぷん食の傾向を持つ現代日本人、低でんぷん食の傾向を持つヤクート族、ヨーロッパの古代狩猟採集民、旧人類をそれぞれ比較した。(Ishiya et al., 2026, PNAS. CC-BY4.0に基づき一部改変)
【掲載論文】
【用語解説】
※1 被覆度(カバレッジ)
ゲノム上の各位置が、DNA配列の読み取りデータによって平均何回読み取られたかを示す値です。例えば、ゲノムの被覆度(カバレッジ)が67倍の場合、ゲノム上の各位置が平均約67回読み取られたことを意味します。被覆度(カバレッジ)が高いほど、遺伝子型や遺伝子コピー数などを、より正確に推定できるとされています。
※2 主成分分析
遺伝学では、多数の遺伝的な違いを、少数の軸にまとめて図示する(次元圧縮)手法として利用されています。個人の遺伝情報に基づき点がプロットされ、点が近いほど互いの遺伝的特徴や構成が似ていることを示します。本研究では、現代集団や古代集団(個体)とどのような遺伝的関係にあるのかを視覚的に把握するために用いています。
※3 祖先成分のクラスタリング解析
ゲノム全体の遺伝的な違いに基づき、各個人のゲノムが、複数の仮想的な祖先成分によってどの程度構成されているかを推定する解析方法です。解析結果は通常、祖先成分ごとに色分けした棒グラフで示され、集団間で共有される遺伝的特徴や、異なる祖先集団からの遺伝的影響を比較できます。
※4 集団混合のモデリング
対象とする集団が、候補となる複数の祖先集団(ソース集団)からの混合によってモデル化できるかを統計的に検証する方法です。本研究では、弥生以降の個体や現代日本人を混合集団と仮定した際に、祖先集団の候補として大陸各地の古代集団を入れ替えて検証を行いました。ただし、支持された候補集団が直接の祖先であることを示すものではなく、それらに遺伝的に近縁な集団からの寄与を示す場合もあります。
※5 有効集団サイズ
遺伝的多様性の大きさから推定される、集団の規模を表す指標です。ある時代に実際に存在した人口そのものではなく、その集団の遺伝的多様性を生み出した繁殖集団の規模に相当します。過去の人口減少や人口増加など、祖先集団の人口動態を推定するために用いられます。
※6 遺伝子流動
異なる集団の間で人の移動や交配が起こり、遺伝的な特徴が一方の集団から他方の集団へ受け渡される現象です。集団系統樹では、基本的な分岐関係を樹状として表す一方、実際の集団史では分岐後にも遺伝子流動が起こりうるため、こうした遺伝的寄与を仮定したモデルに基づいて系統関係が推定されます。
※7 遺伝的浮動
集団内に存在する遺伝子型の頻度が、自然選択ではなく、世代を重ねる中で偶然に変化する現象です。特に人口規模の小さい集団ほど影響が大きくなります。集団系統樹では、分岐後に蓄積した遺伝的浮動の大きさが、枝の長さとして表されます。
【本件に関するお問い合わせ先】
- 金沢大学医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センター 助教
石谷 孔司(いしや こうじ)
TEL:076-265-2492
E-mail:ishiya(at)staff.kanazawa-u.ac.jp - 東邦大学医学部法医学講座 准教授
水野 文月(みずの ふづき)
TEL:03-3762-4151
E-mail:fuzuki.mizuno(at)med.toho-u.ac.jp - 総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター 講師
五條堀 淳(ごじょうぼり じゅん)
TEL:046-858-1606
E-mail:gojobori_jun(at)soken.ac.jp - 農業・食品産業技術総合研究機構
基盤技術研究本部高度解析センターゲノム情報大規模解析グループ 主任研究員
熊谷 真彦(くまがい まさひこ)
TEL:029-838-6888
E-mail:kumagai.masahiko243(at)naro.go.jp - 國學院大學 文学部 准教授
谷口 康浩(たにぐち やすひろ)
TEL:03-5466-0248
E-mail:archaeology(at)kokugakuin.ac.jp
■研究内容に関すること
- 金沢大学医薬保健系事務部総務課総務係
山田 里奈(やまだ りな)
TEL:076-265-2109
E-mail:t-isomu(at)adm.kanazawa-u.ac.jp - 学校法人東邦大学 法人本部経営企画部
TEL:03-5763-6583
E-mail:press(at)toho-u.ac.jp - 総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp - 農業・食品産業技術総合研究機構 基盤技術研究本部基盤研究理事室渉外チーム
杉山 憲明(すぎやま のりあき)
お問い合わせフォーム:https://www.naro.go.jp/inquiry/index.html - 國學院大學 学術メディアセンター事務部研究開発推進機構事務課
TEL:03-5466-0104
E-mail:kikou(at)kokugakuin.ac.jp
■広報担当
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