2026.08.18

【プレスリリース】病原体の「流行カレンダー」は進化する―季節ニッチの進化ダイナミクスを理論化―

図1

図1:病原体の季節選好性とその進化ダイナミクス. 本研究では季節ニッチ(1)上での病原体の季節選好性(伝播する季節)をモデル化し、その進化をシミュレーションと理論的アプローチに基づき分析した。二つの異なる選択圧が進化を駆動し、多様な進化ダイナミクスを生み出すことが明らかになった。

【概要】

  • インフルエンザなど多くの感染症には流行しやすい季節があります。しかしながら、そのような季節的な流行パターンがどのように進化するのかを考えるための理論的枠組みはありませんでした。総合研究大学院大学統合進化科学研究センター連携研究員の熊田隆一(日本学術振興会(JSPS)海外特別研究員・フランス国立科学研究センター(CNRS) 機能生態進化研究センター(CEFE))、総合研究大学院大学の佐々木顕名誉教授の研究チームは、病原体が「一年のうち、どの季節に流行しやすいか」を進化する形質として扱う新しい数理モデルを構築し、病原体の季節選好性の進化を分析しました。
  • 解析の結果、季節による環境変動(季節変動)が弱いときには、他の病原体より少し早く流行する型が有利になり、流行時期が次々と前倒しされる一方で、季節変動が強いときには、流行時期は特定の病原体にとって良い季節に安定することが分かりました。
  • さらに感染力が高い場合には、異なる流行季節を好む複数の病原体型が共存できることを示しました。本研究は、季節そのものを「ニッチ(生態的地位)」として捉え、季節タイミングの移動・安定化・多様化を統一的に説明する新たな理論的枠組みを提示するものです。

【研究の背景】

 インフルエンザをはじめとする呼吸器感染症、マラリア、コレラ、植物病害など、多くの感染症には特徴的な流行季節があります。これまで、その原因は気温、湿度、降雨、宿主の行動や繁殖期といった外部環境の季節的な変化によって主に説明されてきました。

 しかし、同じ宿主に感染する近縁な病原体(例:ヒトパラインフルエンザウイルス)であっても、流行する季節が異なる場合があります。このことは、流行時期が環境によって受動的に決まるだけでなく、病原体自身の進化によって変化する可能性を示しています。

 そこで本研究では、一年の中の時期を、春、夏、秋、冬を経て再び春へつながる「季節ニッチ空間」として表現しました。その上で、それぞれの病原体が、この空間上に流行しやすい特定の季節をもつと仮定しました。そして、感染症の流行と病原体の進化を組み合わせることで、季節ニッチ上で流行時期がどのように進化するかを調べました。

【研究の成果】

 研究チームは、標準的な感染症の数理モデルに、病原体ごとの「好む季節」と、その季節が突然変異によって変化する仕組みを組み込み、長期的な進化シミュレーションを行いました(図1)。その結果、病原体が好む流行季節の進化には、いくつかの異なるパターンが現れることが分かりました。具体的には、一つの病原体型の流行時期が継続的に前倒しされる場合、特定の季節に安定する場合、さらに、異なる季節を好む複数の型が共存しながら移動または安定する場合などが見られました。次に、進化生物学に基づく理論解析を行い、これらのパターンを生み出す仕組みを調べました。その結果、流行時期が移動するか、特定の季節に安定するかを左右する二つの力が明らかになりました。

 一つは、より早く流行を始めた病原体が、まだ感染していない宿主を先に利用できる「季節的先住者効果(2)」です。既存の型よりも少し早い季節を好む変異型が有利になり、それに代わってさらに早い型が現れるという過程が繰り返されることで、病原体が好む流行季節は継続的に前倒しされます。

 もう一つは、気候などの外部環境によって、感染に適した季節へ流行時期を近づける「季節的安定化効果」です。季節による環境変動が強い場合には、この効果が季節的先住者効果に対抗するため、流行時期は特定の季節に安定します。ただし、季節的先住者効果によって早く流行すること自体に利点があるため、病原体の流行時期は、気候などから予想される感染に最も適した季節よりも少し早い時期に進化しました。

 さらに、病原体の感染力が高い条件では、一年の中で複数回の流行が可能となり、異なる季節を好む複数の型が共存しやすくなることも分かりました。これらの結果は、季節を単なる外部環境の変動としてではなく、生物が適応し、多様化し、共存するための「季節ニッチ」として捉えることで、流行時期の移動、安定化、多様化という一連の進化ダイナミクスを統一的に説明できることを示しています。

【今後の展開】

 本研究は病原体を対象としていますが、開花、繁殖、発芽、渡りなど、生物が一年のどの時期に活動するかという「季節タイミング(=フェノロジー(3))」の進化にも共通する枠組みです。また、今後は、本研究で構築された枠組みを病原体以外のさまざまな生物のフェノロジーの進化への応用可能性を考えています。また、気候変動によって季節変動の強さや感染に適した時期が変化すれば、短期的な流行だけでなく、病原体の流行季節そのものが長期的に進化する可能性があります。本研究で構築した理論的枠組みは、こうした長期変化を考えるための基盤となります。

【用語解説】

(1)季節ニッチ
一年のうち、生物が活動、繁殖、感染などを行うのに適した時期。本研究では、一年を通じた季節の循環を、始まりと終わりがつながった円環状の「季節ニッチ空間」として表現し、それぞれの病原体がその中の特定の時期に適応していると仮定している。

(2)先住者効果
他の生物よりも先に資源や生息場所を利用した生物が、その後に現れる生物より有利になる効果。本研究では、早く流行した病原体が未感染の宿主を先に利用できる季節的先住者効果を見出しました。

(3)フェノロジー
開花、繁殖、渡り、感染症の流行など、生物現象が一年のどの時期に起こるかを扱う概念。

【論文情報】

  • 論文タイトル: Eco-evolutionary dynamics of pathogen epidemic timing in a seasonal environment
  • 掲載誌: Ecology Letters
  • 掲載日: 2026年8月16日
  • 著者:Ryuichi Kumata, Akira Sasaki
  • DOI: 10.1111/ele.70442

【問い合わせ先】

研究内容に関すること

  • 熊田 隆一
    総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター・連携研究員
    日本学術振興会・海外特別研究員
    電子メール:ryuichi.kumata(at)cefe.cnrs.fr

報道担当

  • 国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話:046-858-1629
    電子メール:kouhou1(at)ml.soken.ac.jp

(at)を@に変更して送信してください。

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