学長からの発信

本ページは総合学術誌『学術の動向(2017年5月号)』に掲載された岡田泰伸前学長執筆の記事を転載しています。

岡田泰伸前学長

ノーベル賞フィーバーの裏で転げ落ちる研究力

―わが国の学術研究の危機の打開に認識と発想の転換を

はじめに
昨年の大隅良典教授のノーベル生理学・医学賞の受賞は、わが国の人々を沸き立たせ、今もその余韻に私自身を含めて多くの人々が浸っている。およそ20年前の話になるが、大隅先生が岡崎市にある基礎生物学研究所の教授として研究されていた同じ時に、私も隣の生理学研究所の教授として研究をしていた。その頃は共に単身赴任で、同じ宿舎に住み、実にのびのびと研究ができる時を共有することができた。

その大隅先生も、先日、私が総合研究大学院大学長在任中に対談させていただいた折に、往時に比べての現在の学術研究の場の状況変化を憂い、「この閉塞感のある状況は何とかして打破しないといけないと思います」と述べている 1

この対談に触発されて私なりに感じたことの一端は、日本経済新聞2017年3月27日号の「私見卓見」欄で触れた 2 。それに対する多くの反響に押されて、ここで少し敷衍したい。

1. 2000年以降に抑えられてきた学術・科学技術予算と低下し続ける学術研究力

わが国の科学技術関係予算額は、先にも触れた通り、1990年度の約1.9兆円から2003年度の約3.6兆円までは順調に増え続けたが、それ以降はほぼ横ばいのままであり、2013年度のそれは2000年度比で1.1倍、2003年度比で1.0倍となっている。

これは、他国の同予算額の2000年比が、米国、独国、英国2013年のそれぞれ1.58、1.56、1.44倍、そして中国2012年の9.73倍、韓国2011年の3.48倍などと著しい対照をなしている。

また、わが国の2011年度の高等教育機関への公財政教育支出額のGDP比は約0.5%に過ぎず、OECD加盟35ヶ国(平均1.1%)における順位は、イタリアや韓国より低い第31位となってしまった。

この間のわが国の総論文数を見てみると、1990年から2003年までは約4万7千編から約8万編まで順調に伸び続け、これはわが国の科学技術関係予算額の上昇カーブと見事に一致している。しかし、2003年以降はいずれもほぼ横ばい状態が続いている。世界各国の論文数が増え続けている中での横ばいは、世界におけるわが国の論文シェア率の低下を意味する。

事実、論文シェア率は、1975年の5.0%から2000年までに8.4%の上昇を見たが、その後は下降し続け、2012年には4.7%にまで落ち込んだ。Top10%に入る質の高い論文のシェアは、1982年の約5%から2001年には約7.5%へと上昇したのに対して、それ以降は下降に転じ、2013年には約5%へと戻ってしまった。

わが国の人口当たりの全論文数の世界順位は、2000年以前は15~16位であったが、2013年には37位にまで転落し、この数年間に欧米先進国との差がさらに開いたばかりでなく、台湾や韓国ばかりでなく、クロアチア、セルビア、リトアニア、ハンガリー、ポーランド、スロバキアなどの東欧諸国にも追い抜かれてしまった 3

世界有数の経済大国・科学技術立国と自称してきたわが国の研究力は、2000年~2003年をピークにそれ以降甚だしく低下していき、現状は無残ともいえる状況にある。この改善なくしては天然資源に乏しいわが国の行く末は極めて厳しいものとなるだろう。

2. 国立大学運営費交付金削減"実験"が研究現場にもたらした「結果」

科学技術関係予算が2000年以降横ばいを続ける中で、狙い撃ち的に削減され続けたのが国立大学法人一般運営費交付金予算額(より正確にはその大部分を占める効率化係数対象額 4 )であり、2004年度の法人化からの12年間は毎年1%ずつ減額され、2015年度には計12%減となってしまった。

これは、国家レベルが行った壮大な"実験"とでもいうべきものであり、この"実験"結果はすべて詳らかにされ、十分に解析されたうえで、今後の学術・科学技術・高等教育行政に活かされなければならないものである。

国立大学一般運営費交付金の削減は、2004年以降のわが国の研究力の著しい低下の中核的原因となった。その影響は、最もしわ寄せのされやすいところ、即ち若手教員ポストと基盤的研究費、に顕著に表れた。

国立大学の最近10年間の全若手教員数は、2007年の17,667人から2016年の16,920人へと漸減するにとどまったが、問題はその質的変化であり、そのうちの約4,000人が任期無しのポストから任期付きのポストに替わってしまい、その結果、10年前はおよそ63%の若手教員ポストが任期無しであったのが、最近では逆におよそ65%が不安定な任期付きのものとなってしまった。

この状況を憂いて、大隅教授は私との対談で、「助手なども任期付きになっている現状では、留学にも安心して行けなくなってしまいます」と述べている 1

事実、日本から海外への留学者数は、ピークである2004年の82,945人から2011年の57,501人へと約31%も減少した。その後、その数は見かけ上はやや増加し始めてはいるが、その増加分のほとんどを語学留学などの滞在期間1ヶ月未満のものが占めている。

他方、国立大学の任期無しの教員に安定的に配分されてきた基盤的研究費は大幅に削られていき、2016年8月には教員の約6割が年間50万円未満となり、実質上はゼロ配分である大学も次第に多くなってきている。

教員たちは、法人化後に毎年強く求められる大学改革のための教育研究以外の業務へも動員されるようになった上に、研究費獲得のための時限付競争的外部資金への申請や成果報告のための書類書きに追いまくられるようになり、落ち着いて教育・研究することが困難な状況に置かれてしまった。

このように悲惨な国立大学の状況と、雑用に追われて腰を落ち着かせて教育・研究に取り組むことができない多くの国立大学教員・研究者を見てか、国立大学への入学志望者は2004年度(人口127,687千人)の453,566人から2016年度(人口127,095千人)は387,947人へとおよそ14.5%も減少した。(なお、この間の人口減はわずか0.46%にすぎない。)

また、法人化後の若手教員・研究者ポストの不安定化の増大という現状を目の当たりにして、大学院博士課程への入学者数は、2004年度の12,230人から2016年度には9,862人へと19.4%もの減少となってしまった。

一方、20世紀にはほとんどなかった研究不正が21世紀以降には多発し始めるという困った状況も現出した。この原因について、黒木登志夫博士(前岐阜大学長)は「2004年の国立大学の法人化のあたりから、大学の財政が苦しくなったことが背景の一つにある」と分析している 5

また、黒木博士は、研究不正や誤った実験などによる撤回論文数の多い研究者ワースト10に2人、ワースト30には5人の日本人が入っていて、国別の論文撤回率においても、日本は5位にランクしている事実を指摘した上で、2014年に発生したSTAP細胞事件やディオバン事件などにより「日本は研究不正の"量"だけでなく"質"においても世界から注目を集める国になってしまいました」と嘆息しつつ警鐘を鳴らしている 5

3. 国の「借金」と少子化・人口減問題の解決の王道

科学技術関係予算の停滞や国立大学法人一般運営費交付金の大削減の最大の理由は、"国の借金1,000兆円"に対する財政再建の必要性という財務省の論理である。確かに、国の負債はおよそ1,000(平成28年12月時点で1,070)兆円以上にのぼる。

しかし、この9割を占める国債のほとんど(94%)は国民自身が買い上げている。即ち、国民が国に貸しているのであるから、いわば"家庭内"でのお金の貸し借りのようなものであって、本当の借金といえるものではない。それだからこそ、日本国債は世界一金利が低い、即ち世界一信用が高いのである。

一方、政府資産は約700(平成27年3月末時点で679)兆円であり、そのうちの大部分(同時点で574兆円)が自由度の高い金融資産である。加えて、日銀は約290兆円の金融資産を有しているので、いわゆる"統合政府"金融資産は計860兆円以上にのぼる。

このほかに、わが国はダントツに世界一の債権国であり、対外純資産として約370(平成26年度末時点で367)兆円を有している(この額は、このところの安倍首相の外遊時の円借款・無償資金援助・ODAなどの対外援助の"大盤振舞"などによって、更に増加している)。

これらすべてを合わせると政府資産は1,300兆円以上となり、優に負債を上回っている。更に、わが国には約600兆円の民間企業法人資産と、1,800(平成28年末時点で1,752)兆円の国民個人の家計金融資産があり、国全体としての資産は3,700兆円以上ということになり、負債額を大きく上回る黒字国家であるということになる。もちろん財政は健全である方が良いに越したことはないが、その健全化を正攻法で実現させるためにも、むしろこのお金をいかに活用するのかを考えることの方が重要である。

国立大学法人運営費交付金の大削減のもう一つの理由は、少子化と人口減少の進行により、大学入学者数の減少が必至であると考える点にある。あからさまに言えば、運営資金枯渇化により国立大学のスリム化と統廃合を促すということなのであろう。

しかし、これは本当の解決策にはならず、むしろ逆効果をもたらす危険性が高い。なぜならば、少子化・人口減少問題の解決の道は、国民一人一人の質を高めること以外にはなく、そのためには高等教育とそれを支える学術研究をより一層興隆させることこそ肝要である。

分子人類学者の尾本恵市博士は、ヒトは「文化を持ち、文明を造る動物」であると定義し、その「文明は農耕・牧畜の開始と共に始まった」とその最新著書 6 で述べている。農耕・牧畜の開始の後に、ヒトは産業と科学技術を中核とする現代文明を生み出したが、それが後戻りすることは起こり得ない。

それゆえ、いかなる国でもその国力の基本は文化と産業・文明であり、それは将来においてもそうあり続けるにちがいない。この文化と産業・文明を育て伸ばす源こそが、学術研究力と高等教育力であり、天然資源に乏しいわが国ではましてやそうである。

また、学術研究力と高等教育力の振興こそが、先に触れた財政の健全化-即ち、プライマリーバランスの黒字化と債務残高/GDP比の減少化-への王道でもあるのである。花を咲かせ、農作物や果実を稔らせるためには、長い期間、畑を耕し、土壌を肥やし、種をまき、水をやり、新芽を育てることが必須である。

その意味で、文部科学省のみならず財務省は、学術研究教育行政とその予算的措置を通じて、国の大事な基盤を預かり、国の将来をハンドリングしていることに自覚と責任をもって事にあたっていくべきである。産業界・企業も、将来の産業の振興や企業の生き残りには、学術研究と高等教育の振興が不可欠であり、そのために自らも身を切る支援をして、大学と任務分担しつつも堅く連携する必要がある。

すぐに製品化につながる成果ばかりを大学との共同研究に求めるのではなく、そのような成果を生み出していく"畑"作業にも加わり、むしろその中から新芽を見つける役割を果たすことが求められる。

大隅教授も私との対談で、「企業と大学が理想的な連携をすれば、長い目で見て双方に利益があり、ひいては日本の研究水準向上にも寄与するはずです」と述べ、「大学と企業が共同研究する場合、出口として重要視するのは、製品という"もの"ではなく、研究活動そのものから得られるベーシックな知見であるべきです」とも語っている 1

まとめ

3年続きの日本人ノーベル賞受賞によって、人々はわが国の学術研究力の高さが、現在も誇れる状態にあると誤解している。しかし、これらの成果はあくまで20年~40年前に得られたものであり、その時の研究力の高さを示すものにすぎない。

2000年以降に計17名の日本人ノーベル賞受賞者を生み出したという嬉しい状況の裏で、実は上述のように、わが国の研究力の低下が進行し、現在では深刻な状況にある。

わが国の学術研究の危機の打開には、認識と発想の次のような転換が必要である。

(1)2000年以降の日本人ノーベル賞受賞者ラッシュの裏で、わが国の学術研究力は大きく低下し、今や深刻ともいえる状況にある。

(2)その間、わが国の科学技術関係予算額の伸び率や高等教育機関予算額のGDP比は、他の多くの国々に比べて低く抑えられてきた。

(3)2004年以降12年間の国立大学への運営費交付金の削減は、国が行った壮大な"実験"とみなすべきであり、今やその実験結果の検討・解析による総括が求められている。

(4)国の借金は実際的には無く、わが国は実は世界トップレベルの黒字国である。

(5)少子化・人口減少問題の解決の道は、大学入学者定員や国立大学数を減らすことではなく、高等教育をより一層充実させて、国民一人一人の質を高めることである。

(6)財政の健全化への王道は、この国の産業・文明と文化の振興をもたらすことであり、そのためにも学術研究と高等教育の強化が不可欠である。

これらの視点に基づいた学術・科学技術政策への転回が焦眉の課題である。

【注】

1 対談 大隅良典名誉教授
2 岡田泰伸『学術振興こそ日本を繁栄させる』日本経済新聞2017年3月27日号「私見卓見」
3 豊田長康『いったい日本の論文数の国際ランキングはどこまで下がるのか!!』2015年5月1日ブログ
4 渡辺芳人「財政的危機状態にある大学と今後の課題」化学と工業2017年2月号
5 医学界新聞2017年2月20日号
6 尾本恵市『ヒトと文明-狩猟採集民から現代を見る』ちくま新書 2016

出典:学術の動向(2017年5月号)

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