対談 中村真 中央大学教授 (修了生)(1/3ページ)

常識的なシナリオにこだわるな!? 「石橋を叩いたら渡れない」 (注)

(注):第一次南極越冬隊長 西堀榮三郎の言葉

対談者

  • 中村  真   中央大学理工学部教授 略歴
  • 岡田  泰伸  総研大学長 略歴
  • 永山  國昭  総研大理事 略歴

中村 真

経歴

1997年 京都大学大学院理学研究科 博士課程単位取得認定退学

2001年 総合研究大学院大学大学院数物科学研究科 博士課程修了

2001年 京都大学基礎物理学研究所 研究員

2001年 高エネルギー加速器研究機構 研究員

2002年 理化学研究所理論物理学研究室 協力研究員

2003年 ニールスボーア研究所 ポスドク研究員

2005年 Center for Quantum Spacetime (韓国) ポスドク研究員

2008年 Asia Pacific Center for Theoretical Physics(韓国) ポスドク研究員

2009年 京都大学大学院理学研究科 特定研究員

2013年 名古屋大学大学院理学研究科 特任准教授

2014年 中央大学理工学部 教授(現職)

賞歴

2000年 総合研究大学院大学 長倉研究奨励賞

2009年 矢上賞

2010年 素粒子奨学会 第4回中村誠太郎賞

2015年 総合研究大学院大学 科学者賞

岡田泰伸

1974年 京都大学医学部 助手

1981年 京都大学医学部 講師

1992年 岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授

1992年 総合研究大学院大学生命科学研究科 教授(併任)

1998年 総合研究大学院大学 生命科学研究科長

2004年 自然科学研究機構生理学研究所 教授

2004年 自然科学研究機構生理学研究所 副所長

2007年 自然科学研究機構 副機構長(兼)生理学研究所長

2007年 総合研究大学院大学生命科学研究科 生理科学専攻長

2010年 自然科学研究機構 理事(兼)生理学研究所長

2011年 自然科学研究機構 副機構長

2014年 国立大学法人総合研究大学院大学長

永山國昭

1973年 東京大学理学部 助手

1993年 東京大学教養学部 教授

1997年 岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授

1997年 総合研究大学院大学生命科学研究科 教授(併任)

2001年 岡崎国立共同研究機構 統合バイオサイエンスセンター長

2004年 自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター 教授

2007年 自然科学研究機構岡崎 統合バイオサイエンスセンター長

2009年 自然科学研究機構生理学研究所 情報処理・発信センター長

2011年 自然科学研究機構 専門研究職員

2014年 総合研究大学院大学理事

永山 本日は司会を務めさせていただきます総研大理事の永山です。中央大学理工学部教授の中村先生は京大大学院の博士課程の最終学年まで進まれたのちに進路を変更され、総研大の数物科学研究科加速器科学専攻に入り直された経歴をお持ちです。それが決して回り道でなかったというお話をお聞かせいただければ幸いです。

総研大は研究をやり直す人も力を発揮できる、理想の場所

岡田 まずは第1回総研大科学者賞受賞おめでとうございます。本当に素晴らしい方を結果として選ばせていただき、私たちは本当に嬉しく思っています。

中村 こちらこそ大変光栄なことと思っております。

岡田 先生が総研大に入学された経緯といいますか、その辺りで良かった点や悪かった点などはありますか。

中村 私の場合、もともとの専門は実験物理学でした。大学院に進学した当初は京都大学でしたが、そこで実験物理学に携わるうち色々な経緯からもう1回自分がどんなことがやりたいのかを考え直す機会があった結果、実験ではなく理論をやりたいと考えるようになりました。理論物理学ということで高エネルギー加速器研究機構(KEK)の理論部に入ることになり、京都からつくば市へ移って新しい研究を始めました。

岡田 実際に入られてどうでしたか。研究環境というか、指導環境というか。

中村 非常によかったですね。ある意味でぜいたくでした。というのはKEKというのは日本を代表する物理学の研究所で、しかも規模が大きい。実験が主体ですけれども理論だけでも先生の数が10人近くいました。さらに全国から博士研究員(ポストドクター=ポスドク)が来ており、また東京大学、大阪大学、北海道大学など色々な大学の大学院生も受託学生として滞在し、研究室の構成メンバーは数十人になっていました。外国人研究者もよく来ます。
新しい研究分野の業界常識や基本的な専門用語など、新しい分野の基礎知識を吸収しなければいけない立場として、研究分野の色々な話を耳学問として聞くことができました。スタートアップするのに非常に理想的な環境で、恵まれた環境だと思いました。

越境することの重要性! 異文化に触れて視野が広がり、大きなテーマに遭遇

岡田 動くことで評価される諸外国や欧米に比べて、日本はいい大学であればあるほど流動性が少ない。先生はものすごく流動されていますね。

中村 そうですね。少し流動しすぎて、妻からはこれ以上引っ越しするなと(笑)。動いた理由としては専門の素粒子理論は職が非常に少ないので動かざるを得なかったという面があります。容易に大学に職を得られる状況ではありませんから、任期が2年程度のポスドクというかたちで職をつないでいくしかありませんでした。任期が終わった後に次が保証されている訳ではありませんから、公募が出たらすぐに応募するという状況です。

岡田 少しお聞きしたいのですが、2年で期限が切れる状況での研究テーマは短期に成果が上がるものを選びがちで、すぐに論文にならないと次の職が見つからないというような弊害がありますが、先生の理論の方はそういうことはありませんか。

中村 もちろんあります。ただ実験的な研究に比べると理論の場合は早く仕事ができる傾向があります。例えば実験装置が故障するとか予算が取れなかったから高価な装置が買えないということもなく、使うとしてもコンピューターくらいで基本的には紙と鉛筆の世界です。アイデアがあって計算がうまくいって話がまとまれば、それが論文になる。少し極端な例ですけれども1週間ぐらいで論文をまとめたこともあります。普通は数カ月です。
もっとも、早く論文が作れるとは言っても競争相手である同業者もみんな同じ立場ですし、論文の数は皆さんたくさん出す訳ですから決してのんびりはしていられません。その意味では、より急いで成果を上げなければなりません。

岡田 問題はいっぱいあるわけですね。私は専門外だからよく分かりませんけれども、今先生が進めている研究である、ゲージ重力対応とか超弦理論とか、そういう大きなテーマにどういうかたちでご自分が遭遇していくか、研究に取り組んでいくかについてはどうですか。

中村 これもやはり研究場所を動いたということが大きなきっかけになっています。一つの研究所にいると同じテーマをずっと続けることもあり得ますが、私の場合、国内で色々な研究員を勤め、デンマークのコペンハーゲンに2年滞在し、次にオファーを頂いたのが韓国でした。韓国で受け入れてくださった先生がゲージ重力対応を研究されていたことが大きなきっかけになっています。

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