第7回(2015年11月9日)

Yasu通信

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小林誠先生および中村真先生との対談を終えて -ますます増す総研大と総研大学生・修了生の重要性-

Yasu通信 第7回(2015年11月9日)

すっかり秋めいてきましたが、皆さんこの「勉学の秋」(または「食欲の秋」?)に益々元気に勉学・研究に励んでおられることと思います。

先日、国立大学協会「学長対談」シリーズの総研大版という形で、ノーベル物理学賞を受賞された総研大名誉教授の小林誠先生、そしてその翌日に第1回総研大科学者賞を受賞された総研大修了生の中村真先生との対談を行いました。その要旨は、総研大ホームページ(注1)にアップされています(英語版は少し遅れて近日中に)。皆さん方にも大いに刺激を受け参考になることが多く含まれていますので、是非一読して下さい。

小林先生のお言葉で、私が特に印象深くお聞きしたのは、学問の広がりを生むのは自由な発想と多様性であり、それらを保証するのは基盤的経費であるというご指摘と、ノーベル賞級のインパクトのある研究成果を上げるために大事なことは、広い視野で全体を俯瞰する力を持つことであるというご意見です。自由な発想と多様性を保証する基盤的経費確保の必要性というご指摘に関連して私が今憂慮するのは、この12年間に毎年1%ずつ(即ち、計12%も)国立大学への国からの運営費交付金が減らされた結果、今や大学運営は危機的状態に置かれており、教員・研究者も雑用に追われ、出口に近い(すぐに産業に役立つような)成果を求められていて、自由な発想や多様性どころではなくなっている現実です。15~35年前(当時は科学研究費も運営費交付金も増額されていた)の成果によってノーベル賞受賞者を輩出しているうれしい状況に今はありますが、世界各国からの論文発信数が増加し続ける中、すでに12年ほど前からわが国からの論文発信数は増加を止め、世界におけるわが国の論文シェアは急速に大きく低下し続けています(注2)。このままでいくと、10年先、20年先にはノーベル賞受賞者も出なくなるばかりでなく、わが国の社会や産業は取り返しのつかない事態となりかねません。広い視野で全体を俯瞰する力を持つべきであるというご意見については、総研大では、学生の皆さんに入学時のフレッシュマンコースにおいて科学や学問と社会の関係についての全学総合教養教育を提供すると共に、来年度以降においては自らの研究を自然史や人類史との関係において4次元的に俯瞰することができる「大統合自然史(仮称)」というような(以前私が"葉山コース"と称していた)全学総合教育プログラムを実施する計画が進んでいますので期待してもらってよいと思います。

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中村先生のお話で私が強く印象付けられたのは、分野を越境することや異文化に触れることによって視野も広がり、大きな研究テーマにも遭遇することができるというご指摘と、日本の「匠の世界」的美意識は生かしつつも、常識にとらわれない発想力を持って自分の道を歩むべきであるというご意見でした。分野越境と異文化接触の重要性というご指摘に関しては、学生や教員・研究者の流動性が極めて低く、営まれている学問も「タコツボ」的になりがちであるというわが国の弊害へのアンチテーゼであり、学部を持たない大学院だけの総研大の創設理念とも強く共鳴するものであると意を強くしました。また、来年度からは内外の異なる大学や研究機関に出かけて行って必要時に必要なことを学んでくるためのインターンシップ制度も全学教育プログラムとして用意する予定です。「匠の世界」的美意識と常識にとらわれない発想力の両方を持つべきであるとのご意見における職人気質的美意識は、「タコツボ」の中で閉じたものであれば自己満足に終る恐れがあるのですが、常識にとらわれない発想力で、既成の枠を越えた道を進むことでそれが生かされるのであれば、それによって(かつて湯川秀樹が世界を驚かせたように)欧米とは異なる角度からのアプローチによる革新を生み出す力を与えることになるのではないかと思うのです。そして、常識にとらわれない新しい道を選ぶためには、小林先生が言われるような広い視野で全体を俯瞰する力が必要だと思います。

対談を終えて、小林先生のように業績のみならず見識においてもすばらしい名誉教授と、中村先生のように創造性と活力にあふれた修了生を持つ総研大に、改めて大きな誇りを感じました。お二人とも分野の異なった多くの方々との議論や交流を持たれたことから、大きな力を得られたように感じました。総研大学生の皆さんが研鑽を積まれる場としての大学共同利用機関等は、小林先生にとっての坂田研や、中村先生にとっての移動先であった分野を越えた国際的研究者コミュニティ、それらに相当する質を兼ね備えている(または備え得る)と思いますので、未来の"小林"先生や"中村"先生に皆さんが育っていただけるよう、私も総研大教員の皆さんと協力してそのための環境作りに力を注ぎたいと思っています。

学生の皆さんは、総研大の4つの強み、―即ち、第1に大学共同利用機関等における世界最先端の国際的研究環境、第2に高い教員/学生比率(2以上)に基づいての高度専門性教育と全学総合教育プログラム、第3にこれまでの高い研究者人材育成率という実績、そして第4に内外の他大学から様々なバリアを越えて入学してきた多様な学生仲間達―、これらを生かして思う存分に勉学・研究に打ち込んで下さい。そうすれば未来の道は自ずと開かれて来るのです。

皆さんの学生生活が楽しくて有意義で、稔り豊かなものであることを念願しています。では、また!

(注1)下記の5つのウェブサイトに掲載されています:

(注2)わが国からの論文発信数の伸び悩みと論文シェアの低下の実状については、調 麻佐志氏が日本経済新聞(本年10月26日号)の記事「激震・大学ランキング(中)」において詳しく紹介されている通りである。その実状の要点は、まず第1に、1981年から大きく伸び続けてきたわが国からの全論文数が、(まさしく国立大学への運営費交付金の削減が開始された年にあたる)2003年より全く増加を止めた。その結果、(世界においては論文数の増加が続いている中で)世界におけるわが国からの論文シェアが急落し続けており、2013年におけるそれは1981年のレベルをも下回ってしまった。第2に、論文の質をある程度反映すると考えられる当該研究分野被引用数が世界トップ1%および10%に入る論文の世界シェアも次第に低下し続けた。その結果、2013年におけるトップ1%および10%論文シェアも、それぞれ20年前および30年前のレベルにまで下がってしまった。

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