2019.08.25

時代の風~第30回 標本保存・研究の使命 日本に自然史博物館を(2019年8月25日)

標本保存・研究の使命 日本に自然史博物館を

暑い夏である。今年の夏休みも、子どもたちはいろいろなところに連れて行ってもらっただろうか。博物館、とくに大きな恐竜の骨格などがある自然史博物館は、今も昔も、子どもたちの人気の場所であろう。世界でもっとも有名な自然史博物館といえば、ロンドンにある大英自然史博物館だ。私も大好きな場所の一つで、英国に行ったときには、時間の許す限り一度は必ず訪れる。パリの自然史博物館、アメリカのスミソニアン博物館なども、素晴らしいところだ。

自然史、ナチュラルヒストリーとは、この地球上に存在するさまざまな動植物や地質・鉱物などを記載し、研究する学問の総称である。私たちの身の回りの自然界には、実にいろいろな物が存在する。その多くは生物だ。そして、異なる場所に行くと、また異なる物が存在する。いったい、この地球上には何が何種類あって、どうしてそのように分布しているのだろう?という疑問に始まるのが自然史である。それを網羅し、記述し、それらの特徴や関係を研究して展示しているのが、自然史博物館だ。

今で言えば、おもに生物学と地質学になるのだが、このような自然科学の領域が成立する以前の大昔から、人々はこの世に存在するさまざまな物たちに興味を持ち、それを記載し、分類してきた。生物学や地質学は、このような自然の観察と標本の収集と記載の努力が積み上がって初めて成立するのである。

近代の自然科学が成立したあとでは、自然史というのは、もう古臭い仕事だと思われてきたふしがあるが、そんなことはない。科学としては、確かに現代の生物学や地質学がある。しかし、これらの学問が材料としている「物」の収集と保存、分類は、依然として決定的に重要な基礎をなしている。

ひるがえって日本には、上野に国立科学博物館がある。しかし、ここは「自然史」が4分の3で、あとの4分の1が物理学や宇宙科学なので、本当の自然史博物館ではない。自然史系博物館とでも言うものだ。実は、日本には純粋に自然史博物館と呼べる国立のものはない。

日本は、南北に延びる細長い火山列島で、固有種も含めて多くの動植物が生息している。それを言えば、日本から南に広がる東南アジア地域も、動植物の宝庫であるのだが、中国を含めて東南アジア諸国全体に、自然史博物館は存在しない。

そこで、なんとか日本に国立の自然史博物館を造ろうという計画がある。これは、昔からの懸案なのだが、最近、学者の集まりである日本学術会議からの提案により、沖縄をその候補地として、実現に向けての運動がなされている。なぜ沖縄なのか?それは、沖縄が日本の生物多様性の一つの鍵となる場所であり、さらに東南アジアにまでつながる玄関口でもあるからだ。そして、東南アジア諸国に、自然史博物館を造る体力はあまり期待できない。

そもそも博物館とは何か?いろいろと貴重な標本類をたくさん持っており、それを展示しているところ、というイメージが強いだろう。それは事実だが、博物館の使命は大きく分けて三つある。

一つ目は、この世界に関するさまざまな貴重な資料・標本を保存すること、二つ目は、それらの標本を用いて研究すること。そして三つ目が、それらの標本を展示し、教育・啓発に貢献することである。子どもたちが楽しみにしているような、「見せる」という機能は、もちろん重要だが、それより前に、一つ目、二つ目の役割がある。そして、それはあまり表には出ないものの、本当に重要な仕事なのだ。博物館が収蔵している標本は膨大な数にわたり、実際に表に展示されているものは、そのほんの一部に過ぎない。それらを半永久的に保存し、研究する使命は、人類全体の福祉のためなのである。

生物多様性がどんどん失われていく今、ぜひ、日本に国立自然史博物館を造りたい。できれば、沖縄返還 50 周年記念の2022年までに、そのめどをつけたい。今の日本にそんな経済力はないよ、と言わずに、ぜひ、多くの方々のご支援を得たいと望んでいる。ご興味ある方は、「一般社団法人国立沖縄自然史博物館設立準備委員会」を検索してみてください。

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