時代の風~第42回 米議事堂襲撃事件 ~民衆が「暴徒」になるとき~(2021年1月31日)

時代の風

私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。

米議事堂襲撃事件 ~民衆が「暴徒」になるとき~

うちには薪(まき)ストーブがあるのだが、それで火をたくにはコツがいる。大きな薪を積み、その上に小さな枝を置いて、着火剤で火をつければ簡単なのだが、火を維持するのが難しい。

めらめらと勢いよく燃えていると思って油断すると、いつのまにかほとんど消えそうになっている。そんなとき、燃え残っている薪の黒い表面の下に、かすかに赤いきらめきがちらちらと見えればなんとかなる。そこに風を送り続けると、やがて、不意にまた大きな炎がよみがえるのだ。

いつどこでこの大きな炎が再燃するのかは、予測がつかない。それでも、その炎のもとは、黒い静かな表面の下で、ふつふつとひそかに燃えていたのである。

この炎を見ながら考えていたのは、 2021 年 1 月 6 日にアメリカ合衆国の連邦議会議事堂が襲撃された事件だ。 20 年の大統領選挙で、トランプ氏は負けたのだが、彼は、選挙が行われている最中からずっと、大規模な不正が行われていると、根拠もなく主張し続けた。いくつもの訴訟を起こし、負けても負けてもその意見を変えず、ソーシャルメディアで主張し続けた。

トランプ氏のコアなファンという人々がいて、彼らは、事実を吟味することをせず、ほかの人々の意見には耳もかさず、つねにトランプ氏が正しいと信じている。私は、トランプ氏は、そういう人たちをあえて扇動したと思うし、共和党の議員たちの多くが、最後の最後になるまで、その動きを是正しようとしなかったことは、大変にまずい対応だったと思う。

そして、選挙結果を議会で最終的に決める 1 月 6 日、トランプ氏の熱狂的支持者による議事堂襲撃が起こる。私は、この事件に黒い燃え残りの薪に、一瞬の大きな炎のひらめきが起こったときと似たものを感じた。炎を導くことになった最終的なきっかけが何だったのか、それはわからない。それでも、そこへと続く温床はずっと存在したのだ。

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ワシントンの議事堂襲撃を聞いて私が連想したのは、 1789 年 7 月 14 日、フランス革命の発端となったバスチーユ監獄襲撃である。状況も原因も異なるが、なぜか心に浮かんだ。

バスチーユに集った民衆は、もとはと言えば、そこに集積されているはずの弾薬をよこせと要求しに行つたのであり、監獄を襲撃するつもりではなかった。しかし、弾薬の引き渡しを拒否されたあとのいくつかの小競り合いの末、 600 から 800 人がなだれ込んで、中にいたほんの数人の囚人たちを解放した。

さらに連想するのは、日本の第 1 次安保闘争の 1960 年 6 月 15 日、学生活動家たちが、衆議院の通用門から中になだれ込んだ事件である。警官隊との衝突になり、東大生の樺美智子さんが亡くなった。この事件は、背景などは異なるが、国会を襲ったという点では、今回のアメリカの議事堂襲撃事件と似ている。

女子大生は警官による暴力で亡くなったのか、あの場のどさくさで踏み殺されたのか、という議論が長く続いたのは私も知っている。が、学生たちの行動に対する当時の論評はどうだったのだろう ? 国会乱入は暴力行為であり、暴力はいけないという点では、新聞社などの意見も一致していたらしいが、国会に乱入するのは民主主義に対する冒瀆である、という認識はどれだけ強かったのだろう ?

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バスチーユ監獄の襲撃は、その後、一連の事件を経て、フランス革命という大きな「ハレの」変革の発端となった。民衆が暴徒と化して違法な暴力行為を行ったのは事実だが、後世は単純にそうとは断じていない。

日本の当時の安保闘争は、今ではおおかた過去のものになってしまった。いろいろな面での反対意見は根強く残るものの、日米同盟は維持されている。暴力を伴う学生運動など、もう存在しないも同然だ。

今回、アメリカの議事堂に乱入した人々は、多くのアメリカ国民の賛同を得ることはできず、かえって、トランプ氏からの離反を加速させた。

いつ、どこでどのように炎が燃えあがるのか、予測がつかないとともに、その炎が最終的に燃え広がるのか、消されるのかも、あとにならなければわからない。炎になる前からふつふつと下にたぎっている人々の思いをどのようにくみ取り、よい方向に制御できるのかが問題なのだろう。

( 2021 年1月31日)

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