時代の風~第54回 多様性の経済価値 「男女混成」高い成果(2022年7月17日)

時代の風

私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。

多様性の経済価値 「男女混成」高い成果

ダイバーシティー(多様性)とインクルージョン(包摂)が大切だと言われ始めてから、もう何年ぐらいになるだろう? まだ 10 年はたっていないが、最近では、ずいぶんと社会に浸透してきた気がする。

ことさらに「女性」の社会進出や地位向上とは言わず、ダイバーシティーとインクルージョンと言っているので、もう女性の話ではないのかと思う人もいるらしいのだが、もちろんそうではない。性別・ジェンダーも多様性の重要な一部であり続ける。

ただし、欧州ではずいぶんとジェンダーギャップは埋められてきた。もうそろそろ、ことさらに「女性」と言わなくても大丈夫になったのだろう。また、米国では、なんといっても一番困難なのが人種の問題である。「女性」に焦点を当てて地位向上を進めるのも大事だが、男性も女性も含め、相変わらず、黒人やヒスパニック系と白人との間のギャップは大きい。そこで、もっと大きくとらえて、ダイバーシティーとインクルージョンなのである。

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一方、日本はといえば、欧米に比べ女性差別が根強く残っているように思う。ジェンダーギャップはまだまだ大きく政治・経済面の多くの指数で先進国のワーストをさまよっている。だから、ダイバーシティーとインクルージョンといっても、まずは女性の話になるだろう。

ところで、私が非常に感銘を受けた報告がある。それは、日本政策投資銀行が出している「今月のトピックス No.257 」 (2016 年 4 月 18 日)に掲載された報告だ。「女性の活躍は企業パフォーマンスを向上させる~特許からみたダイバーシティの経済価値への貢献度」という分析である。

詳細はこの論考そのものを見ていただきたいのだが、 16 年時点で過去 25 年間に日本国内で出願・公開された特許のうち、製造業関係のおよそ 100 万件を分析している。それらのうち、男性のみが考え出した特許と、男女の混成チームが考え出した特許とで、その経済価値を比較してみた。すると、素材系にせよ、加工・組み立て系にせよ、ほぼすべての業種で、男女混成チームが考えた特許の方が、経済価値が高く、 15 業種中 11 業種で、 1.2 倍以上となっていたのだ。確かに、男性と女性が一緒に考えたものの方が、経済価値が高いのである。

売れる物を作ろうとすれば、買い手のことを考えねばならない。男性だけで発想するよりも、男性と女性が一緒になって、それぞれが思いつくことを混ぜ合わせていった方が、よいものが生まれるということなのだろう。「食料品」や「繊維」「医薬品」といったカテゴリーでは、まさにそうだろうと思うのだが、「ゴム」「鉄鋼」「機械」などのカテゴリーにも当てはまるのである。すべての業種について平均すると、男女混成チームによる特許の経済価値は、男性のみによるものの 1.44 倍であった。

このような製造業の業種で、女性が研究開発に加わっていること自体、あまり多くはないに違いないと思われるだろう。その通りで、「食料品」では 35% 、「医薬品」では 26% 、「繊維」で 14% 、「パルプ・紙」で 13 %、「化学」で 12 %だが、あとは軒並み 10 %以下だ。「ゴム」では、全体の 4% にしか女性が加わっていない。それでも、そのたった4%の男女混成チームが考案した特許の経済価値は、男性のみのものの 2 倍以上にも達するのである。

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この分析によると、男女を問わず、一人で考えるよりも、チームで考える方が、よいものができるようだ。さらに、男性のみのチームと男女混成チームとを比べると、「非鉄金属」を除くすべての業種で、男女混成チームの方が、経済価値が高かった。

ここで思い出したのだが、もう何十年も前、幼稚園で実験をしたことがあった。園児 2 人で一緒におもちゃの組み立てをする。男の子 2 人か、女の子 2 人か、男の子と女の子 1 人ずつかの組み合わせを作り、比較したところ、男の子と女の子のチームが、もっとも手際よく完成品を作った

ダイバーシティーとインクルージョンは重要であるが、単に個人の尊重という理念の問題だけではない。多くの人が満足するものを実際に生み出す機能も備えており、集団の最大幸福の追求に寄与するようだ。

( 2022 年7月17日)

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