時代の風~第43回 世界観、思春期に形成 ~世代交代が社会変える~(2021年3月14日)

時代の風

私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。

世界観、思春期に形成 ~世代交代が社会変える~

元首相で、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長をしていた森喜朗氏が、「女性がたくさんいる会議は時間がかかり過ぎてよくない」といった内容の発言をし、それが問題視されて辞任した。

発言の内容が事実なのかも問題だし、みんながたくさん発言して議論が沸騰し、時間がかかることはそもそも悪いことなのか、というのも問題である。ともかく問題だらけなのだが、ここでは少し異なる角度から考えてみよう。それは、個人の世界観がいつ、どのようにして形成されるかだ。

立憲民主党の枝野幸男氏が国会で、森氏の先の発言に関し「昭和に生きているようだ」と言った。それはその通りなのに違いない。というのも、個人の基本的な世界観や人間観は、思春期から20歳ごろまでに作られるらしいからだ。

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国際的に有名な、米国の社会心理学者のリチャード・ニスベット氏は、南部育ちと北部育ちの男性とで、さまざまな事柄に対する心理的反応が顕著に異なることに注目した。米国は、自由と平等の精神で移民たちがつくった国家だという看板だが、昨今の大統領選挙をめぐる断絶でも明らかなように、決して一枚岩なわけではない。黒人奴隷の是非に関する論争が内戦にまで発展したのが南北戦争であった。南部と北部の文化差は実は非常に大きい。

南部育ちの男性は、いろいろなさまつなことでも自分に対する挑戦とみなし、そのけんかに自分が勝つことが重要だと思っている。一方北部育ちの男性はそうは受け取らず、そんな状況でいちいち勝負を挑むことに意味を見いださない。

まずはその違いを実験的に明らかにするために、ニスベット氏らは、生粋の南部男性と生粋の北部男性とを被験者として集め、ある実験を行った。

被験者たちは、単純な質問紙に回答するように依頼され、その前に唾液を採取される。そして、その質問紙を持って狭い廊下を通り、次の部屋でそれを回収箱に入れる。ところが、その狭い廊下には書類棚が置かれていて、研究者が調べ物をしている。被験者はそこを無理に通過せねばならず、すると、その研究者が、「まったくもう ! 」と低い声で文句を言うのだ。そこを通り抜けて質問紙を回収箱に入れたあと、被験者は再度唾液を採取される。

もうおわかりだろうが、この実験の本当の目的は、このささいな「侮辱的発言」を聞くことに、被験者がどのように反応したかを調べることなのだ。採取した唾液中に存在する男性ホルモン ( テストステロン ) のを調べたところ、南部出身者の男性では、侮辱の経験後に、それが激増していたが、北部出身の男性ではそんなことはなかった。

南部文化で育った男性は、自分に対する他者からの発言を、しばしば侮辱ととらえ、反撃のために攻撃性を高めるのだが、北部文化で育った男性は、そういう反応はしない。

この研究はいろいろな点でおもしろいのだが、私が注目したいのは、この違いができるのが、思春期から 20 歳ごろまでだということだ。それ以前に南部から北部、またはその逆に移住した男性では、住んでいる場所の文化に応じて価値観に変化が起きたが、それ以後に移住した男性では一生、その傾向は変わらなかったのである。

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人間は、自分の頭で考え、それぞれの場面に応じて適切に対処していくことを学ぶ。しかし、基本的な価値観、人生観は、思春期ごろまでに経験したことに基づいて作られるのだ。それ以後、変化に応じて行動や発言を変えてはいくものの、考え方の基本は変わらない。

森氏は 83 歳だ。彼の基本的な世界観が作られたのは、戦前なのだろう。それ以後、世の中は激変した。それに応じて行動してはきたものの彼の基本的な世界観は変わらない。それが、「いまだに昭和に生きている」ということなのだ。

社会の変化がゆっくりであったときには、それでもよかった。しかし、紀元前の粘土板に書かれた記録にも、「今の若者は」という記述があるくらい、社会の変化はつねに起こっている。だから世代間ギャップが生まれるのだ。

世代間ギャップが、実際の社会的意思決定に支障をきたすようでは困る。社会を動かす人々の間で世代交代が必須なゆえんである。

( 2021 年3月14日)

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