時代の風~第35回 コロナショック ~都市化がもたらす脅威(2020年4月5日)

時代の風

私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。

コロナショック ~都市化がもたらす脅威

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。中国の武漢で始まったこの感染は、韓国に、ヨーロッパに、米国にと飛び火した。

今のところ日本はさほど悪くはない。何人が実際に感染しているのかを正確に把握するのは難しいが、ウイルス性肺炎による死者数は、はっきりとした数字である。今月1日現在、その数を人口で割った数値を見ると日本は 220 万人に 1 人ぐらいだ。イタリアやスペイン、米国に比べるとずっと少ない。日本はくいとめにかなり成功している。

オリンピック・パラリンピックも延期、この夏ごろまでに予定されていたほとんどすべての行事や催事が延期か中止だ。我が大学の学位記授与式も入学式も中止となった。新たな節目を迎える学生諸君にとっては本当に残念なことである。

というわけで、この時期、どうしても、コロナウイルス関連の話題を避けては通れない。自然人類学者としては、何を言おうか ?

一つには、都市に集まって住むことの「異様さ」だろう。人類は、類人猿の祖先から分岐して進化して以来、ずっと、採集狩猟生活をしてきた。およそ 30 万年前に、現在の私たちの種であるホモ・サピエンスが出現してからの歴史においても、その 30 分の 29 を採集狩猟民として暮らしてきた。

採集狩猟生活は、木の実を求め獲物を追っての放浪生活であり、食料を蓄えられず、大きな集団では暮らせない。人々は、その時々の食料事情に応じて、 5 人から 50 人ぐらいの集団を作つて離合集散していた。

およそ 1 万年前に、中東などで農耕と牧畜が始まった。そして食料の蓄積が可能になり、人々の定住を促した。やがて文明が発生した。数千年前から始まる、エジプト、メソポタミア、インド、中国などの古代文明である。

つまり、人間が同じ場所に多数集まって、恒常的にそこで暮らすという生活、人類進化史の中では、ごく最近のことなのだ。

国連の統計によると、都市に住む人々と農山漁村に住む人々を比べた場合、都市に住む人口は、 1950 年代には 30% に満たなかったのに対し、現在は 55% を超えたという。この先もますますこの傾向は続き、 2050 年ころには、世界人口の 68% までもが都市に住むことになるだろうという予測である。都市生活は魅力的で人々を引きつける。

私自身、東京という巨大都市に住んでおり、その魅力はよくわかる。大勢の人々が集まると、お店がたくさんでき、映画、劇場、コンサート、展覧会、講演会などがたくさん開かれる。

農山漁村では、いかば、もくもくと生産活動が行われる場所だ。一方、都市では、 . ありとあらゆるアイデアが披露され、新しいアイデアを売り込もうとする人々と、アイデアを買おうと探している人々とが出会う。これがとてもエキサイティングなのだ。都市の魅力とは、そういうものだろう。

ただし、多くの人問が 1 力所に集まると、病原体による感染のりスクが一気に高まる。どんなに強毒な病原体が発生しようとも、都市に人々が集中していなければ、その感染拡大はさほどでもない 1918 年に始まるインフルエンザのパンデミック、いわゆる「スペイン風邪」の流行は、 3 月ごろに米国で始まり、米軍のヨーロッパ進軍とともに 5 、 6 月にヨーロツパに拡散し始めた。そして、日本で流行が始まるのは同年 11 月になってからである。

それに対して、今回のウイルスは拡散が早い。年末の武漢で始まり、 2 月 3 月の間にほぼ全世界に蔓延した。それは、現代社会が格段に都市化し、交通手段の発達によって、人々の移動がこれまでにないほど容易で活発になったからだ。

現代の私たちは、生物としての進化史上、かつてなかった暮らし方をしている。コロナウィルスがきても、やはり都会生活は魅力的なのか、それとも、これを機に都市化傾向が頭打ちになるのか ? 私は前者なのではないかと疑っている。

都市文朋が始まって以来、採集狩猟生活ではあまり必要とされなかった人問の性質が注目されるようになった。その一つが、リーダーシップだと思う。一カ所に定住した多くの人々に対し、危機に際してりーダレシップを発揮する必要性が生じたのだ。さて、今回のウィルス危機では、各国首脳はどれほどリーダーシップを発揮できただろうか ?

(2020年4月5日)

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